〜いけばな小原流〔1〕〜の続きです。
生徒3人で始まった実家のいけばな教室は、2年後には生徒さんも増え、母も指導にあたるようになっていました。
でも、だいぶん教室らしくなって来た矢先に、転勤で神戸に戻ってくることになってしまいました。
最後のお稽古のとき、先生が
「神戸は家元のお膝元。お稽古に精進してください。」
と言ってくださいました
T先生には15歳までご指導いただきました。
その後、休み休みではありますが、自宅の近所のお教室で6年、
就職先の会社の華道部で、出産のため退職するまでの7年、お稽古を続けました。
いけばな歴は、とっても長いのですが、あまりまじめにお稽古していなかったことと、資格取得に熱心でなかったため、目標であった1級家元教授の資格を、まだ取得できていません。
会社を退社する際、先生に、
「お稽古が再開できるようになったら、必ず復帰しなさい。1級家元教授の資格は必ずとりなさい。」
と言っていただいた言葉が、ず〜と気になっています。
先生のお言葉を忘れたわけじゃないのですが、OL時代に、仕事のストレス解消ではじめたフラワーアレンジメントの世界にすっかり魅了されてしまい・・・・・
下の子供が幼稚園に入園すると同時に、NFDの資格取得のための教室に入門して・・・・
NFD1級の資格を、先にとっちゃいました・・・・
これ、いけばなの先生には秘密ね!!
いろいろなしきたりが、「堅苦しい」と感じることもあるいけばなの世界ですが、流派の一員であるということは、大きな船に乗っているような安心感があります。
また、師弟関係は、海よりも深く(笑)、弟子の育成に人生をかけておられる熱心な先生が大勢いらっしゃいます。
そんな尊敬できる先生に師事できることは、弟子冥利に尽きるというものです!
子供がもう少し大きくなって、自分の時間がたっぷり持てるようになったら、また私の原点である「小原流いけばな」のお稽古に復帰したいと思っています。
いけばな・フラワーアレンジメント・押し花
この3つを、私の「お花
の3本柱」にするのが目標です。
長々と読んでくださってありがとうございます。
「いけばな小原流」のお話はこれでおしまい。
次回は、フラワーアレンジメントのお話です。
まだまだ続くよ
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初めてお花をいけたのは10歳のとき。
私の母が小原流のいけばなを習っていた関係で、10歳で入門しました。
当時、母は仕事の都合で、お教室に通えない日も多かったので、先生にお願いして自宅に出稽古に来ていただいていました。
生徒が母だけでは、先生に申し訳ないということで、私と、近所の大学生のお姉さんも一緒にお稽古していただくことに。
・・・・・今思えば、思いっきり人数あわせ
・・・・・でもこのとき、小原流のT先生に出会っていなかったら、私はこんなにお花が好きになっていなかっただろうな・・・・と思います。
どんなにぐちゃぐちゃでも、いつも、
「上手にできました」
「このお花の向きが、生き生きしているわ」
「しっかり挿せていてよろしい」
など、どこかひとついいところを見つけてほめてくださいました。
これぞ
ほめ育て
自分が子供を育ててみて、益々よくわかるのですが、簡単そうでなかなかできることではありません。ついアラを捜したくなる・・・・(笑)
私が退屈して足を投げ出してお花で遊び始め、母が怒り出すと、
「お花が嫌いになってしまうから、お稽古中は叱ってはいけません。mikiちゃんは今、お花と戯れているのです。」
と、言ってくださっていたそうです。
(ホンマは退屈してたんだけどね〜
)先生にとって、最年少の弟子だったので、とてもかわいがってくださって、花展や研究会の度に、手を引いて連れて歩いて、
「うちの一番小さい弟子です。」
って、他の先生方に紹介してくださいました。
先々で「がんばってね」って声をかけていただいて、うれしかったなぁ♪
こういう「うれしい気持ちの貯金」が、今の私の「お花をがんばる原動力」になっているかも。
先生のおかげで、私は、
私って、いけばなが上手

って勘違い・・・・これは大きな勘違い・・・・をすることになりました。
そして、お花が大好きに

私って、いけばな大して上手じゃない

ってことに気づくのには、そんなに時間はかかりませんでしたが、
お花が大好き
っていう気持ちだけは、今も変わりません。その後、15歳で転居するまで、T先生に教えていただきました。
私をお花の世界に導いてくださったT先生には、本当に感謝しています。
長々と読んでいただいてありがとうございます。
まだまだ続くよ〜

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